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9月20日~22日まで河北総合支所にいって、被災車両の永久抹消手続きを応援してきました。
26、27日も行く予定です。
地元の方々と話をすると、何も無くなってこれからどうしたらいいか分からない、何から手を付けていいか分からないうちに半年過ぎた。
国会や、県・市では、法律制定・机上での話し合いが多いのではないか。
集落を復興させるには、現地にきて「まづ、手をつけることだ。その姿を見れば、被災者も勇気が湧く」。
家のローンが残り、収入の道が閉ざされた人も多い。自己破産しないと生きられない、家庭崩壊の人も出てくるだろう。救済方法を明確にして、行政から一人ひとりに説明する道が求められているのではないか。
相談よりも、心のケアが必要だろうと感じた。


<東日本大震災>おかえり小晴…重機で捜し続けた母 大川小
毎日新聞 9月23日(金)13時10分配信
東日本大震災の津波で多くの児童が流された宮城県石巻市立大川小学校から数キロ離れた海で、遺体の一部が見つかりDNA鑑定の結果、中学校教諭の平塚真一郎さん(45)と妻なおみさん(37)の長女で6年生だった小晴さん(当時12歳)と22日確認された。「せめて一部だけでもと思っていたら、本当にそうでした。それでも帰ってきてくれてうれしい」。捜索のため6月に重機の資格を取った、なおみさん。愛娘が帰ってきた今も重機を操り、なお不明の児童4人の捜索に加わる。最後の一人が見つかるまで・・・<<記事全文>>

【震災半年あの現場は】戻らぬ娘へ母手紙 宮城・石巻の大川小、祭壇に5通
◇さがし出せなくてごめんね お母さんはすっかり泣き虫
悲劇の学びやを取材で訪れる度、校門跡の祭壇で、かわいらしい文字の手紙を見かけるようになった。全児童108人のうち69人が死亡し、1人がDNA鑑定中、4人が行方不明のままの宮城県石巻市立大川小学校。手紙は、今も戻らぬ4年生の長女、鈴木巴那(はな)ちゃん(当時9歳)へ、母実穂さん(43)が思いをつづったものだ。【百武信幸】

【動画】石巻市立大川小学校の近くに押し寄せた津波 - MSN ビデオ(2011年4月14日)

【写真】【東日本大震災パノラマ Vol.28】石巻市立大川小学校 - MSN産経フォト(2011年3月25日)

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